沿革

富士屋ホテル株式会社沿革

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1878 (明治11年) 富士屋ホテル創業
1893 (明治26年) 富士屋ホテル株式会社に社名変更
1906 (明治39年) 大日本ホテル業同盟会設立
(現日本ホテル協会)
1914 (大正3年) 富士屋自動車株式会社設立
1917 (大正6年) 仙石ゴルフコースオープン
1923 (大正12年) 箱根ホテルオープン
1930 (昭和5年) 富士屋ホテル
トレーニングスクール開校
1936 (昭和11年) 富士ビューホテルオープン
1966 (昭和41年) 国際興業株式会社の傘下に入る
1973 (昭和48年) 湯本富士屋ホテルオープン
1981 (昭和56年) 大阪富士屋ホテルオープン
1983 (昭和58年) 八重洲富士屋ホテルオープン
1985 (昭和60年) 富士ビューホテル新装オープン
1989 (平成元年) 甲府富士屋ホテルオープン
1989 (平成元年) レストラン三島亭オープン
1992 (平成4年) 箱根ホテル新装オープン
1996 (平成8年) 湯本富士屋ホテル新館オープン
1997 (平成9年) フルーツパーク富士屋ホテルオープン
1998 (平成10年) レストランすみれ亭運営開始
2003 (平成15年) 湯本富士屋ホテル本館新装オープン
2005 (平成17年) 箱根駅伝ミュージアムオープン
2005 (平成17年) FUSION DINING F オープン
2010 (平成22年) レストランあやめ亭運営受託開始

富士屋ホテルの創始者である山口仙之助は、明治維新後米国に渡り、3年間をアメリカで過ごした。その3年間で貯めた資金で、将来は牧畜産業が日本に有益と志して7頭の種牛を買い入れて帰国したが、当時まだ乳製品、牛肉を食べる習慣の無かった日本ではうまくいかなかった。

その後、慶応義塾に進学した山口は、福沢諭吉先生より国際観光の必要性を説かれ、箱根宮ノ下の地に500年の歴史のあった「藤屋旅館」を、種牛を売却した資金を元手に買収、洋風に改築し、外国人専用のホテル「富士屋ホテル」を開業した。

当時の箱根はまだ道路が整備されておらず、交通の不便さは言語に絶するといわれていた。ゆえに、箱根の発展は道路の開通を計る以外に無かったので、富士屋ホテルは有志と相談の上、今の国道1号線の前身にあたる塔の沢~宮ノ下間に人力車を通す有料道路を明治20年、明治22年には宮ノ下~宮城野間を開通させた。その頃の日本は東海道線等の交通機関が整備されてきており、国内外のお客様の激増が期待された…

富士屋ホテルの歴史は日本の近代史と並行している。また当時より自家発電を行ったり、電話をいち早く取り入れたり、自動車会社を設立したりと時代の最先端を見つめてきた。

以来1世紀以上、富士屋ホテルのフロンティア精神は今でも箱根の地に根付いている。